プロフィール

自己紹介

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)

  • 9月生まれ
  • 20代後半 アラサー
  • 長野県長野市出身

寛解中の双極性障害I型。
私が血縁者に聞いた限りだと、この病気に掛かっていた人もしくは似たような状態の親戚はいないようです。
軽度の学習障害の可能性あり。

東京都内在住の年下の恋人がいます。
リアルでも既にオフ会やデートをしていますが、出会いはインターネットです。

ここ1~2年は、化粧と美容を意識し始め、2017年7月頃から筋トレも始めました。
日本がよしとする"痩せ体型”ではなく、太ってもない・痩せてもいない、黄金比ともいえる魅力的なボディになることです。

好きなモデルはヴィクトリアズ・シークレットファッションショーに登場するAngelたち。
キャンディス・スワンポールとアドリアナ・リマが憧れで、アジア系モデルではスイ・ハがタイプです。
好きな芸能人は叶姉妹です。

好物はポテトチップス、アイスクリーム、キムチ、七味唐辛子。

SNS

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名前について

基本的に花は嫌いなのですが、そんな人間でも好きな花は一つや二つはあり、そのうちの一つです。
他にも花言葉が好きだったり、妖しげな雰囲気、彼岸のある月に生まれたから――などなど。
英語名は【red spider lily】と絶妙な表現も大好きで、曼珠沙華という通称が私は好きなのですがとっつきづらいため、ブログでは"リリィ”と名乗ったりしています。

他に【スズラン】と【ヒマワリ】が好きです。

ブログ名について

  • 色々
  • 色(color)
  • いろは歌

をもじったものです。
色々な感情(color)が歌のように生まれ、上下し続ける双極性障害の特色を表してみました。

周囲の人

母親 毒親っぽい。
母方の祖母 故人。
母方の祖父 ボケてはいるが、私とは馬が合う。年1は救急車にお世話になっている。
父親 親としても、人としても尊敬できず、理解不能。
父方の祖母 故人。
父方の祖父 故人。
Hさん 元婚約者。東海地方在住。10年来の付き合い。未だにデートする。
Mさん 東京都内在住。付き合って2年目。うつ病。

生い立ち

幼稚園の頃に同園の女の子複数に、外見を理由に暴力的な虐めを受け続ける。
当時の私は"いじめ”という認識はなく、「殴られるのは痛いから止めて欲しい」という気持ちだけでした。

不仲でしょっちゅう喧嘩していた両親が小学校2年生(8歳)の時に別居、小学校4年生(10歳)に正式に離婚。

小学校6年生の冬頃からハブりを受けるようになるが、卒業まで数ヶ月だったので乗り切る。

中学1年

中学1年(13歳)の秋頃から勉学(特に数学)が上手くいかず、初歩的なミスを繰り返すようになる。
テストの点数が伸びず、母親の受験へ向けてのプレッシャーに疲れて学ぶ意欲を失う。
学校へ行く気力も次第になくなり、12月に不登校になる。

母親から学校への登校と勉学の強制は続いており、次第に髪を掴んだり、引きずったり、殴ったりし始める。
同年度の2月に家を飛び出し、既に再婚していた父親の元へ。

中学2年

それから中学2年生(14歳)の10月頃まで父親の実家と父親の元で暮らす。
父方の祖父母と親戚、再婚相手や連れ子との関係は良好だった。

自傷行為が始まる。
また、過剰な行動(騒いだり)が増え、部屋の扉にガムテープで止めて閉じこもったり、父親や祖父母との接触を嫌がるようになる。
不審に感じた父方の祖母が、偶然新聞のインタビュー記事で取り上げられていた精神病にも精通する小児科医(本来は自閉症などだと思う)に連れて行ったところ【躁うつ病】だと診断される。

次第に父親の風当たりも強くなる。
10月に再婚相手と父親が揉め、再度離婚問題まで発展した為、追い出される形で母親の元へ戻る。

通院が負担(車で片道40分ほど)だったため、青少年を得意とする現在の医師を紹介され、病院を変更する。
病名は変更されず、薬が処方されるようになるが、大きな変化はなかった。

父親が近くに住んでいることを嫌がったので、再度引っ越す。
不登校は続き、母親とも折り合いが悪い状態が続く。

同年度の2月に、引っ越した先のアパートから飛び降りる自殺紛いの行為をして、腰骨を折る。
中学卒業までコルセット生活が続く。

中学3年から高校1年

中学3年生(14~15歳)は受験の為に学期テストのみ出席するようになり、自宅からほど近い4年制の工業系夜間学校に入学する。

高校1年生(15歳)になると薬を飲まなくとも動けるようになるほど回復(という名の躁状態)した。
通院の回数は一気に減り、服薬もほぼゼロになった。

1月頃からネットゲームに熱中しだし、寝る時間が減り、再度不登校になる。
小学校5年生の頃からインターネットを通じて様々な人と交流していたが、ゲーム内で惹かれる異性がうつ病だったことで、相談に乗るうちに次第に自分も気落ちしていく。
関係が不安定になり、失恋したことで完全に不登校になる。

折り合いが悪かった母方の祖母が脳梗塞になり、母親が介護と援助のため、自宅と実家の往復の生活が始まる。

高校2年

その後、不特定多数の異性と恋人ごっこのような遊びをして取っ替え引っ替えし続ける。

高校2年生(18歳)、2年間留年したとき、Hさんと知り合う。
Hさんは性格にとても癖があったが、私の病気に強い理解を示し、寄り添ってくれていた。
Hさんは知り合った時は失業中であったが、私との関係を継続する上で仕事は欠かせないを理解し、早々資格取得や再就職をする。
私は高校卒業に向け励むようになる。

母親は祖母の介護と仕事で忙しなく、交流も薄くなり、関係も険悪のままが続いていた。
この頃にリフレックスの国内製造販売が承認され、変更される。
自傷行為はなくならず、過剰摂取もし始める。
高校2年生(19歳)の2月に、1ヶ月に3回過剰摂取(病院で1日中点滴し続ける程度)をして強制入院する。

3~6月末頃まで閉鎖病棟に入院し、退院後は通学する回数も増える。
Hさんとの関係は続いており、長期休みや連休の折は相手の地元に宿泊に定期的に出掛ける。
高校3年生(20歳)の時にプロポーズを受け、卒業後に同棲する話でまとまる。

成人と卒業後

退院後は学校の先生の厚意もあり、単位を落とさず高校4年生(21歳)になる。
高校4年(21際)のとき、正式に母方の実家へ引っ越し、名字を母親の旧姓に変更する。
6年間の高校生活を終える。

同年、Hさんの祖母が死去し同棲の話が延期になり、Hさんも再度リストラされる。

約2年間(21~23歳)は自室に引きこもり永遠とゲームをする生活が続く。
家族との関係は険悪なままで、母親とは衝突が続く。
脳梗塞になった祖母は胃がんはほぼ完治したものの認知症となり、私が23歳の時に死去し、再度Hさんとの同棲話は延期になる。
母親は祖母の介護が終わったことで、私との時間が増え始める。

20代半ば

20代半ばにはフィギュアが欲しくて、短期アルバイトを始めるほど、精神的に回復し始める。
1日数時間の仕事かつ自宅から近い職場で偶然上手く続き、母親も頑張りを認めるようになる。
自傷行為は続き、過剰摂取や数ヶ月に一度暴れるほど騒いだりすることもあったが、以前より関係は良好に変化し始める。

薬の量も少しずつ減り始める。
母親はフルタイム勤務ができるまで回復を望んでいたが、主治医から「比較的安定していて、これ以上の回復は見込めない」と伝えられる。
少しずつ病気への理解ができる。

Hさんとは再就職に向けて多忙になり、以前よりは疎遠になっていたが、交流は続いていた。
ゲームで知り合った別の男性・Iさんとオフ会など交流を深めていく。

同年にHさんから婚約破棄の話を持ち出される。
再就職は果たしたが激務で体調を崩し、持病の椎間板ヘルニアを悪化させて日常生活を送るのも大変な状況だった。
「無責任な状態で迎えに行くことはできない」という内容だった。
この時に正式に婚約関係は解消したのの、現在も定期的に連絡は取っていて、数年に一度は実際にデートする関係が続いている。

20代後半

Iさんとも上手くいかず、一方的に音信不通にされ、20代後半の数年間は復縁希望していた。
趣味のゲームをやる気力すら起きず、仕事と睡眠を繰り返す生活が続く。
Iさんとは数ヶ月に1回程度メールで連絡を取ったり、定期的にゲームで遊ぶこともあったが、私が見切りをつけて次の出会いに向けて行動し始める。

近年

アラサーに突入したころ、今の恋人であるMさんと知り合う。
オフ会をきっかけに交際を始める。

最近は何年か続いていたアクティブさが落ちてきて、仕事は続いているが、休日は寝ている日ばかりになった。
薬の処方が変更と増量されたものの、鬱方向へ傾きつつある。

投稿日:2017年12月22日 更新日:

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